天国への一歩

神・霊・魂、霊の見分けの話題。キリスト教信仰が出発点です。

炎のおばちゃん(1)

自分が京都に来てからというもの、神様から与えられた最大の

課題は、職場のおばちゃんに取り組むことでした。

強烈なキャラクターの人って時々いますよね?

自分はできるだけ人の陰に隠れ、益にも害にもならないように

ひっそりとしているのが好きなので、こういう強烈な人に会うと

恐れをなして怖気づいてしまいます。

それでもこの強烈な人とやっていく術を見につけたら、きっと

どんな人が来ても怖くなくなると思い、

何とか乗り越えようと思考錯誤の毎日でした。

自分の初出勤の日、まずおばちゃんはこちらの顔を見てくれませんでした。

そこで心の中に2つの考えが浮かびました。

考え1:「この人にとって、私は苦手なタイプなのだろう」

考え2:「超人見知り」

おばちゃんはこちらに対し、常に突き放すように接してきました。

仕事も全然教えてくれず、その状態がひと月以上も続きました。

ずっと後で同僚に聞いたところによると、新しく入ってくる職員は、

まずこのおばちゃんの洗礼を受けるそうです。

このことを教えてくれた人は、2~3ヶ月まともに顔を見て

もらえなかったと言っていました。

今では、おばちゃんは縄張り意識が強いのと、警戒心のあまりの強さに、

簡単には人に心を開かない性格だ、というのが真相のように思います。

このようなおばちゃんですが、電話越しに聞く彼女の声は嫌な響きではなく、

「おばちゃんの声嫌いじゃないね!」

と思わせるものを持っていました。声には魂の状態がもろあらわれるからです。

むしろもう一人の同僚の声の方がひどくひねたものを感じさせ、

こちらの方が問題あるだろうと思っていました。

根本ではおばちゃんのことは嫌いじゃなかったので、

なんとかおばちゃんとよい関係を築きたくて、神様に毎日必至に祈りながら

取り組む日々が続きました。

おばちゃんは振幅のとても広い人で、ある時はコメディアン、ある時は悪魔、

ある時は誰よりも謙遜な人、人情の分かる苦労人・・・

これら全てがおばちゃんを構成していました。

聞くところによれば、あまりのおばちゃんの激しさに、

次々と犠牲者が現れては消えて行ったそうです。

おばちゃんが忙しくなってくると、その後ろ姿から黒いオーラが

モウモウと噴き出ているのが見えました。

(つづく)