天国への一歩

神・霊・魂、霊の見分けの話題。キリスト教信仰が出発点です。

神様の高速道路(その3)

 

毎日の通勤路で、

「神様、あなたの高速道路は素晴らしい」

と思いながら、神様に舗装して頂いたと思っている鋪道を、自転車で通勤しています(道路交通法違反)。これまでデコボコで走りにくかったのを、神の歌を毎日歌いながら走る自分に対し、神様がこれまで2回に分けて走りやすく幅を広げ、余計な草木を取り除き、走りやすく綺麗にして下さったと思っているのです。

神様がせっかく綺麗に舗装して下さったと思っているので、ゴミが落ちて汚くなるのが嫌で、空き缶やペットボトルやプラゴミなどを、できるだけ拾って綺麗にするようにしていました。

最近の神の歌の組み合わせは、いつもの「主の祈り(英語ver.)」と「頌栄=(天つみ神も地にある者も 父・子・御霊の神を讃えよ 神を讃えよ)」と「おおみ神をほめまつれ」で、これに詩篇91篇、詩篇23篇の朗誦と、神様への個人的な声掛けで、これらを行きの朝と帰りの晩に繰り返していました。

するとつい最近、上の看板が突然出現しました。

「む?これは」

例のお知らせがまた来たか?と思いました。実は時々心の中で、

「神様、あなたの高速道路は素晴らしく走りやすいですが、まだ舗装されていない部分が半分残っていますよ」

と思っていたのです。

看板が出てから一週間後、いよいよ補修工事が始まりました。1回目の補修があった数年前から印が付けられていたライラックの木が取り除けられた後、ホルムズ海峡でナフサやアスファルト不足(?)が言われる中、古い舗装が剥がされ、土の中の石ころや、残っていた木の株が一気に取り除けられました。

それらが積まれているのを見て、

「この様子はまるで人間のかたくなな心を神様がきれいにして下さる様を象徴しているようだ。我々の心の中には大きな役に立たない堅い石や、取り除けるのが困難な、しつこい木の残り株のようなものがたくさんある。これらは自分の力だけでは取り除けられない。神様の聖霊の力と我々の共同作業によって、長い間かかってはじめて成し遂げられるのだ」

これが終わったとしても残っている、あと残り4分の1の舗装は、終わりの日の神活をもうちょっと頑張りなさいよという意味で、来年以降に持ち越しになったかなと思いました。

昨日鈴木直道北海道知事は、維新の党の副首都構想に便乗して、札幌を副首都にと手を挙げました。ちょうど昨夜神様に祈ったことがあり、そのニュースが何かの印かどうか分かりませんが、この北海道をゴシェンの地にしたい自分としては捨て置けない情報です。

なるようにしかならないという向きもありますが、我々の(心の)血を流すことなしに、新しい未来がやって来るとは思えません。このポンコツもこのように頑張っていますので、これを読んでいる皆さんも、是非各々の持ち場で神様に働きかけてご加護を得ながら、終わりの日を乗り越えられて行かれますように。