家族を亡くされたり、住まいを失ったり、大変な思いをしている方が多くおられると思います。
これらの地震を「神からの天罰だ!」と言ったりすると、「不謹慎だ!」と非難ごうごうになるようですが、
何で?と思ってしまいます。
「罰」というよりも、人間を永遠の滅びに突進させないために、
神様が目を覚まさせるように促されていると思うのですが・・・
厳しいまでの憐みがそこに示されているように感じます。
神様のことを考えたこともない人が、人間中心の感覚でそういう風に言うのだろうと思います。
昨日珍しく聖書を開くとヨナ書にこう書いていました。
神はヨナに極悪非道のニネベの町に行って、あと40日したら街を滅ぼすと預言させますが、
身分の低い者から王様まで、皆して神様の前に自分達の悪さを反省したので、
神は哀れに思いその予定を翻されたとありました。
その後ヨナが激怒するのですが、それが人間らしい反応で笑えます。
せっかく(?)滅びると豪語したのに、ヨナの面目丸つぶれです。
神様は人間の心が神様の元に帰ってくるのを、このようにして待って下さっているのだなと感じます。
神様は心を翻されることがあるので、来てもいいはずの聖書の終末も、
こうしてどんどん先延ばしになってきたのかもしれないと、ふと思いました。
ところで話は全然変わるのですが、一昨日不思議な人と会いましたよ。
その人は一年前に聖書フォーラムの総会で会って、ちょっと話した人でした。
その人を見てピンと感じるものがあり、同じ目線で話し合える人だろうと思って
京都の家の集まりに何度か誘ってみましたが、場所が遠すぎるということでいつも断られていました。
ですが、今回向こうから会えませんかといきなり電話が掛かってきました。
私の方もこの一年つらつらと彼のことを考えることがあり、
少しひっかかる所もあったのですが、とりあえず会うことにしました。
話してみると霊能がある方のようで、やたらと話が合いました。
通常の仕事をしながらボランティアワークとして、不浄霊にイエス・キリストの光を
当てて軽くし、浄化するということをやっておられると言うのです。
このようなことは分かってくれる人にしか話せないと言われました。
また、最近ペンテコステの教会で洗礼を受けたとも言っていました。
神道・仏教を始め色んな学びをしているようで、もちろん日ユ同祖論の話しも知っていました。
五芒星をモチーフとしたごろんとしたリングを指に嵌めていたり、
「僕は仏さまも観音様も好きで、イエス・キリストも好きです」
と言われるなど、ん?と思う所もありましたが、話しがはずんで気づくと3時間近くも喋っていました。
最後になって、カバンの中から幸●●●学の講演会のちらしを取り出されました。
「この教祖の言うことは素晴らしい。真理をよく分かっている人だ。」
「あ゛~~そう来たか~」
そういうことだったのか、と残念に思いました。
またその新興宗教が出版している雑誌も取り出して、
とてもいいことが書いてあるから差し上げますと言われました。
一応雑誌は受け取って、講演会の誘いはお断りしました。
その方は「イエス・キリストが現れる神秘体験をした。情報をシェアしたい」という
上手な誘い文句で私を呼び出したのですが、世の中がどんどんと不穏になってきている今、
トーマスさんのようにイエス様から直接何かを示されている人が増えているのかな、
会いに行った方がいいのかなと思ったのです。
彼はきっとその教団から人を勧誘するように課せられていたのでしょう。
でもその誘いには乗ることができませんでした。
家に帰ってその雑誌を眺めているうちに、なんだかその人が可哀想に思えてきて、
しまいに悲しくなってきてしまいました。
その方は威圧感がまるでなく、腰も低いし、人の話に耳を傾けてくれるいい人なのです。
男性で女性に自由に話させてくれる人って、いそうでいないですよね。
それで、その宗教団体の背後にいて教祖を操っているのがどういう存在なのか、
本当の姿をその人に見せて下さい、危うき道からお守り下さいと神様に祈りました。
きっと向こうは向こうで私に正しい道を示そうと思っているのかもしれませんが。
人の魂のために今いち真剣に祈れない自分なのですが、
神様の御心に叶う願いで、イエス様のお名前による祈りは必ず叶えられるとあります。
神様が本当にこの祈りに答えて下さるのか、これからこの人がどうなるのか
静かに眺めてみようと思います。
祈った後でじっと待つのも忍耐がいるな。