次にバスで移動して、内宮の方へと移りました。
外宮の雰囲気がちょっと残念だったので、こちらの方に期待しました。
それにしてもバス代が高い!
参拝客の落とすお金をあてにしてのことなのでしょうか。
内宮までの道のりの景色をぼーっと見ていたら、
かの有名なダビデ紋が入った灯籠が!
奉納した人とか企業の名前が灯篭に刻まれていて、わりと狭い間隔でずらーっと並んでいました。
途中で終わるかと思いきや、内宮の方まで切れ目なく続いていました。
大きな橋を渡り、ここ神社だったよな?と思うような
ちょっと違和感を感じる松の庭を過ぎると、
ちょっと違和感を感じる松の庭を過ぎると、
かつてこんなきれいな流れがあったでしょうか。
なんて表現したらいいか分からないですが、
きらきらと透き通った、それはそれはきれいな流れでした。
小さな女の子が、「きれーい!」と感動して声を上げていました。
同感だ、と思いました。
五十鈴川を見れただけでも、ここに来た価値がありました。
神道は清めを重視します。
伊勢神宮はこの川があったからここに作られたのだ、と直観的に思いました。
すぐそばに小魚が泳いでいて、手で水をすくっても逃げません。
かつてこんなフレンドリーな魚がいただろうか、と思いました。
向こう岸には墨絵のような光景が広がっていて、
安っぽい言葉ですが、只者じゃない雰囲気が漂っていました。
伊勢神宮そのものは、人が多かったせいか、沢山見てきて神社慣れしてしまったせいなのか、
正直特別な神聖さは感じられませんでした。
神宮の社殿の内部に入れば、また違った印象を持つのかもしれませんが。
むしろ建物よりも、周りを取り囲む自然の方に目が行ってしまいました。
樹齢何千年という木々を見ていると、ただならぬ存在感があり、
まるで意志を持っているように思えてきます。
お爺さんのような巨大な杉の木の幹に抱きついている人や、
幹に耳をあてて音を聞いている(?)人も見受けられました。
こちらは五十鈴川の対岸の風景。
神仙界と繋がっている?
木の間から天狗が顔を覗かせそうな雰囲気です。