天国への一歩

神・霊・魂、霊の見分けの話題。キリスト教信仰が出発点です。

「主は、生きておられる」(14)

H病院での証し(1)

伝道団体(注:その後関西聖書学院に奇跡的に入学が決定した。)での、もう一つ私が忘れることのできない想い出の証しは、京都のH病院での出来事です。

支部での私の仕事は相変わらず病院のトラクト配布でしたが、そのほかの時は聖書を読むことに没頭していました。聖書を読んでいる時は、この世のすべてのことを忘れ、そこに永遠の時を感じました。そして聖書のみことばが御霊によって開かれて恵まれた時は、その感動をメモに書き記しました。しかしそれらのショートメッセージが陽の目を見ることはありませんでした。私の仕事はトラクトだけを配る役目だったからです。だから私は語ることを許されない幻の名作を何百作ったことでしょうか。今そのメモを読むとそれほど大したことを書いていないのですが、その当時の私にとってはこれ以上すごい霊的メッセージはないと思い込んでいたのです。

そういう意味で、伝道団体にいたことは、聖書を読むためにはすぐれた環境だったと思います。しかし聖書を詰め込むだけで、はけ口がないことは伝道者の卵にっとっては欲求不満になります。

そうした日々を送っていたある日、本部のS先生からひどい鼻声で電話がかかって来ました。明日、京都のH病院へ行って(自分の代わりに)集会の奉仕をしろとの命令です。(中略)

私はとびっきりのメッセージを持って行こうと決心しました。今までストックしてきた売れ残りの在庫品ではなく、血のしたたるような鮮度のよいメッセージをと、聖書に取り組みました。そして、ヨハネによる福音書3章3節の『だれでも新しく生まれなければ、神の国を見ることはできない。』というみことばからメッセージすることにしました。その日は夜遅くまでかかって、何回も何回も添削して自分の満足のゆくメッセージに仕上げました。

気がついたら真夜中の十二時です。早寝早起きの私はあわてて祈って寝ました。すると夜中の二時に目が覚めてしまいました。普段私は、夜寝ると朝まで目が覚めないのですが、それでもたまには夜中に目が覚めることがあります。そんな時は、主が起こしてくださったのだと、布団の横に座り、「主よ。何でしょうか・・・」という習慣を身につけていました。

しかしその日は、十二時頃に寝て二時に目が覚めてしまったのです。まして長時間メッセージの作成に取り組んでいたので、頭の中は疲れてぼ~っとしています。目を開けることもできないほど極端な睡眠不足です。起き上がろうとしても身体が言うことをききません。そのまま布団をかぶって寝てやれと思ったのですが、私の朦朧とした意識のどこかで、今日は京都で待ちに待った大切な奉仕があるんだぞと、シグナルを送ってくるのです。

私は仕方なく、のろのろと起きて壁に向かって座りました。「主よ、何でしょうか。今日のご奉仕のために何か特別なご指示でもあるのでしょうか。どうか私の今日の奉仕を祝福してください。」私は半分眠りながら祈ったのです。すると主ははっきりと私の心に、ある一つのことを示されました。私はギクッとして目が覚めてしまいました。そして慌てて叫びました。「主よ。それは駄目です!私にはそれはできません!」

主が私に示されたことは、私が救われた時の体験の証しです。その救いの体験の証しを、することに、ためらいを持っていました。その原因は、私が伝道団体に献身する前、二カ月間養母の家にいた時に、母教会で証しをさせてもらったのです。その結果、非難の的となりました。私の証しを聞いた人たちは、「そんなものは信仰ではない」と言いました。またある人は、「針のような小さいことを、棒のようにドラマチックに語っているにすぎない」と言いました。口惜しくてなりませんでした。そして、「私は二度と証しはしないぞ!」と決心したのです。

確かに神さまが私にしてくださったことは、私自身でも疑ってしまうような出来事です。一度や二度ではありません。私の信仰人生そのものが、信じられないような出来事の連続です。多分私がそれらの証しを何年間も公表できなかったのは、できの悪い不信仰のサンプルのように思われていたからです。神さまは私の内側に関心を持っておられました。しかし人は、私の外側しか見えなかったからです。

(つづく)