足のはなし
天岩戸で足がしびれたことを思い起こしていたら、
20年前位に、ひどく鬱っぽくなっていた時のことを思い出しました。
あるショッキングなことがあって、それがきっかけとなって鬱状態へと
落ちて行ったのですが、その後何年もその状態を引きずりました。
その時のことは今でもはっきりと覚えています。
自分の部屋の隅に体育座りをして、どよーんとして「早く死んでしまいたい」
と思っていたら、床の方から何本もの腕がにょきにょきと伸びて、
自分の足を捕まえようとしているのを、心の目ではっきりと見ました。
生命力が落ちて、死ぬことを意識しているような時、
自分達の所に、引っ張り込もうとしている輩がいるんだということを知りました。
洗礼式の時に、私の両脚が震えていたのは、良い霊が震えさせていたのではなくて、
自分の足に憑りついていた悪い霊が、清い霊に当たって、
そこにいられなくなって、怯えていたためかもしれないと思いました。
「足を引っ張る」という言葉がありますが、もしかして人よりも、
目に見えない悪い存在に引っ張られている状態を表していたりして。
キリスト教では神様やイエス様の存在が圧倒的に主張するので、
その他の霊的な存在について取り上げることは、天使を除きほとんど皆無です。
神道では山川草木に宿る神々を意識するようですが、これらの神々も唯一真の神様が
みごとなハーモニーで指揮しておられる存在だと私は思います。
聖書の中の神様は、人間が神様のことを忘れて、自分達だけで生きているように錯覚し始めると、
非常に怒られますよね。
それと同じように、神様から遣わされている、山川草木に宿る霊的な存在も、
毎日人間に奉仕してくれているのを、人間が感謝を忘れると、
きっと悲しくなって、イライラするんだと思います。
人間にも良いキャラクターの人、悪いキャラクターの人がいるように、
こうした目に見えない存在も、同様に存在していて、良いキャラクターは、
悪いキャラクターの霊的存在の働きを、抑えてくれているのかもしれません。
昨今人間が神様や自然への感謝を忘れ、礼儀を忘れ、放置しっぱなしのため、
悪いものがどんどん巷にあふれ返ってきているのかもしれません。
この方の記事を読んで、そんなことを考えさせられました。
http://blog.goo.ne.jp/isehakusandou/e/a31dd3f077b32e1079090f3fc3ce06d3
皆さんもどうぞ自分の足元にご注意を。