天国への一歩

神・霊・魂、霊の見分けの話題。キリスト教信仰が出発点です。

マタイ24章の全体はAD70年のエルサレム陥落のこと(3)

(崩壊したエルサレム神殿の積み石)

 

<聖なる場所での冒涜>

イエスは弟子たちにこう警告された。「ですから、預言者ダニエルが語った『荒らす憎むべき者』が聖なる場所に立つのを見たら(読む者は理解せよ)、ユダヤにいる者は山へ逃げなさい。」(マタイ24:15-16)

1世紀の歴史家ヨセフスは、ローマの将軍ティトスが到着する前に、神殿が陥った悲しい状態について語っている。

「さて、大勢の人々が集まり、皆が、これらの人々が聖所を占領し、強姦や殺人を犯したことに憤慨していたが、まだ彼らに対する攻撃を始めてはいなかった。 アグヌスは彼らの真ん中に立って、神殿にしばしば目を投げていた。そして、目に涙を浮かべて言った。『確かに、神の家がこれほど多くの忌まわしいもので満ちているのを見る前に、あるいは、無作為に踏まれるべきでないこれらの神聖な場所が、これらの血を流す悪党の足で満たされているのを見る前に、死ぬのがよかったのだ』」(『ユダヤ人戦争』4. 3:10)

エルサレムが破壊される前、神殿は邪悪な者たちの集まる場所となった。イエスは弟子たちに、そのような「荒らす憎むべき者」を見たら、"山に逃げなさい"と指示している。

この箇所は、決して将来、主が再臨されることを指しているのではない。この「荒らす憎むべき者」のことが起こったとき、「ユダヤ」の人々は山に逃げなければならなかったのであって、今のアメリカに住む人々ではない。

<包囲されたエルサレム>

ルカの説話では、イエスは弟子たちにも言われた。

「エルサレムが軍隊に囲まれるのを見たら、その荒廃が近いことを知るがよい。そのとき、ユダヤにいる者は山に逃げ、その中にいる者は去り、国にいる者はその中に入らないようにしなさい。」ルカ21:20-21)

ここで弟子たちは、ローマ軍がエルサレムに近づいてきたとき、命からがら逃げるようにと警告されている。キリスト教徒は、侵略が近づいていることについて、十分な警告を受けていた。

ヴェスパシアヌスはエルサレム周辺のすべての場所を要塞化し、エリコとアディダに城塞を築き、その両方に守備隊を置いた。そして、戦争はすべての山地と平地にも及び、エルサレムにいた者たちは、町から出る自由を奪われた。

「さて、ヴェスパシアヌスがカイサリアに戻り、全軍を率いてエルサレムに直接進軍する準備をしていると、ネロが死んだという知らせがあった。そこでヴェスパシアヌスは、まずエルサレムへの遠征を延期し、ネロの死後、帝国がどこに移るかを待った。ローマ帝国は当時変動状態にあり、ユダヤ人に対する遠征を進めなかった。」(『ユダヤ戦争』4. 9:1, 2)

「ローマの軍団がようやくエルサレムに到着すると、彼らはオリーブ山に宿営した。」(『ユダヤ戦争』5:2:3)

「到着後すぐにエルサレムに塹壕が築かれた。3日間で9マイルの長さの城壁が築かれ、都市を完全に囲んだ。」(『ユダヤ戦争』5:12:2)

<大艱難時代>

イエスは弟子たちに、ローマ軍が到着したら、ユダヤの人々は山へ逃げなさいと警告された。

「家の屋上にいる者は、自分の家から何も持ち出そうと降りて来るな。また、畑にいる者は、自分の服を取りに帰ってはならない。しかし、その頃、身重の者や授乳中の赤ん坊がいる者は災いである。そして、あなたがたの逃亡が冬や安息日でないように祈りなさい。そのとき、世の初めから今に至るまでなかったような、いや、これからもないような、大きな患難が起こるからである。」(マタイ24:17-21)

この言葉を、将来の主の再臨に当てはめようとする人が、今日どれほど多いことか。

イエスが土曜日に帰ってくるか、日曜日に帰ってくるかで、どんな違いがあるというのだろうか?冬に来られるか、夏に来られるかで、どんな違いがあるのだろうか?しかし、もしあなたが侵略してくる軍隊から逃げようとしているなら、大きな違いがあるだろう。もし、授乳中の子供がいなければ、侵略軍から逃げるのはもっと簡単だろう。

エルサレムへの攻撃の厳しさを過小評価する人が時々いる。ヨセフスは、ローマ兵が、

「剣を抜いて大勢で町の路地に入り、追い抜いた者を容赦なく殺し、ユダヤ人が逃げていた家々に火を放ち、その中のすべての生きている者を焼き、残りの多くのものを荒らした」

と伝えている。そして、次のように書いている。

「家々を略奪しようとしたとき、その中には家族全員が死人であり、上の部屋には飢饉で死んだ者の死体がいっぱいあった。彼らはこの光景を見て恐ろしくなり、何も手を付けずに出て行った。しかし、彼らはそのように滅ぼされた者に対してはこのように憐れんだが、まだ生きている者に対しては同じではなかった。彼らは出会う者すべてを轢き殺し、死体で路を塞ぎ、街全体を血で流し、多くの家の火がこれらの者の血で消されるほどであった。」(『The Wars Of The Jews』6:8:5)

エルサレムの破壊で100万人以上のユダヤ人が死に、さらに9万7千人が奴隷として連れ去られたのである。

<星が天から降ってくる>

「その日の苦難の直後、太陽は暗くなり、月は光を与えず、星は天から落ち、天の力は揺り動かされる」(マタイ24:29)。「予言者」たちは、マタイ24章が聖なる都の破壊ではなく、キリストの再臨について語っていることを「証明」するために、この箇所をしばしば使用する。彼らはよく、「夜、外を見てごらん、今、星がまだ天にあるよ。」と言う。

預言的な言葉に慣れていない人々にとって、「予言者」たちは、時に説得力があるように聞こえる。しかし、旧約聖書を少し読むと、君主や国家の滅亡を説明するために、同じような言葉が使われていることが分かる。

以下の神の正しい裁きの例を見て、神が国の指導者の没落をどのように表現しているかを見てほしい。

バビロン(イザ13:10、13)
エドム(イザ34:4-6)
民衆(イザ51:5-6)
ユダ (エレ4:1-6、23-28)
エジプト(エゼク32:7-8)
諸国民(ヨエル3:15-16)
ニネベ(ナハ1:1-5)
イスラエル(アモス8:1~2、9)

<人の子のしるし>

マタイ24:30で、イエスは「そのとき、人の子のしるしが天に現れ、地のすべての部族が嘆き悲しみ、人の子が力と大きな栄光をもって天の雲に乗って来るのを見るであろう」(NKJV)と言われた。

イエスは、"そのとき、人の子が天に現れる"、"そのとき、人の子の天におけるしるしが現れる "とは言っていないことに注目してほしい。このフレーズは文字通りである。「そして、人の子のしるしが天に現れるであろう」(Berry's Interlinear)。

この "天に(in heaven )"という表現は、人の子の所在地を示すものであって、しるしの所在地を示すものではない。エルサレムの破壊そのものが、人の子が天で支配していることのしるしとなったのであり、それは人の子の預言の成就だったからである。(参照:申命記18:20-22)

<一つの石が他の石の上にない>

オリーブ山の談話の冒頭で、イエスは神殿を見ながら、「これらのことがすべて見えないのか。あなたがたに言うが、捨てられない石は一つもない。」(マタイ24:2) と言われた。

ローマの将軍ティトスは、神殿を破壊することを望まなかった。

「もしあなたがたが戦う場所を変えるなら、ローマ人は誰もあなたの聖域に近づいたり、侮辱を与えたりしてはならない。」(『ユダヤ人の戦争』6:2:4)

しかし、都が占領された後、彼は、

「今、都と神殿をすべて取り壊すように命じたが、残りのすべての壁については、基礎まで掘り起こした者たちによって、地面に徹底的に撒き散らされ、そこに来た者たちに、かつて人が住んでいたと思わせるものは何も残っていなかった」(『ユダヤ人の戦争』7:1:1)と言っている。

「それゆえ、あなたがたのために、シオンは畑のように耕され、エルサレムは廃墟の山となり、神殿の山は森の裸の丘のようになる」(ミカ3:12)という預言者の言葉は、本当に実現した。

 

(おわり)

Destruction of Jerusalem and the Abomination of Desolation (padfield.com) より一部を抜粋

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(管理人)

イエス様が生きた時代から神殿崩壊に至るまでのエルサレムは、「世の終わり」に相応しく、悪徳が栄え、不法が蔓延り、人の心が荒む、歴史上最も暗く、酷く荒れ果てた時代だったのだそうです。

今の時代も全く似ており、マタイ24章が、我々の近い未来に起きることを言っているのだと思ってしまうのも無理ありません。ですがこの章は、本来ヨハネの黙示録のストーリーとは切り離して考えるべきものだということがよく分かりました。

天の父なる神が遣わした独り子であるイエスを拒んで十字架に付けた当時のユダヤ人達は、その報いをここで受けたのです。AD73年のマサダの玉砕では、ヘロデ大王が造った要塞に967人のユダヤ人が立て篭もり、ローマ軍が侵入する目前に、全員自決しました。

ここにいたのは原理・急進派のユダヤ教の人達で、指導者のラビは、「敵の辱めを受けず、今自分達が誇り高く自決することこそが、神がお喜びになることである」と演説したそうです。あくまで自分達こそが神の正しい側にいると、信じて譲らなかったのです。

まさしくこの時の彼らの気持ちは、「何故神に熱心に仕えてきた我々が、異教徒に滅ぼされなければならないのだ!!」と、「しもべは泣いて歯軋りする」状況だったのではないでしょうか。