天国への一歩

神・霊・魂、霊の見分けの話題。キリスト教信仰が出発点です。

The GODFATHERS(教父達)(2)

1096年に始まり、彼らは最初ヨーロッパのユダヤ人を攻撃し、地域社会全体に広げていった。彼らがエルサレムに移動して行くにつれ、ユダヤ人は彼らの通って行く道すがら恐ろしく苦しんだ。このローマ・カトリックの手先は、彼らに何の憐れみも示さなかった。

成長して自分がローマ・カトリック兵士の子だということを知った、何千もの望まれぬ赤ん坊と共に、彼らは血と死と悲惨と憎しみの道筋を残していった。

これはヴァチカンにおいて出された計画であった。

十字軍が聖地を攻撃するたびに、一世代もの除け者となるユダヤ人の子供が生まれていった。このようにユダヤ人の血筋は台無しにされていった。

街の人:「ここから出て行け、クズめ!」
街の人:「この子の父親は堕落した十字軍兵士でしょうね!」

ユダヤ人の母親とその子孫に対する心理的衝撃は過酷であった。彼らの夫に死に加え、これらのかわいそうな女性たちは、ほとんど餓死寸前で、助けを求めることと子供たちを育てることをしていた。子供たちによって、母親は自分達に降りかかった悲劇をいつまでも思い出すこととなった。

これらの子供達はローマ・カトリック信者になることを強要された。ヴァチカンは彼らに新しい計画を用意していた。

彼らを導いてくれる父親不在で、子供達は反抗的になってきた。誰もが彼らを見下した。彼らはユダヤ人の信仰に対して何の忠誠心もなく、一生心に傷を負った。

1212年の5回目の十字軍は、「子供十字軍」と呼ばれた。これはユダヤ人に対するサタンの最も狂気に満ちた行動だった。

ローマ・カトリック組織の目は、いつも半分ユダヤ人で半分ローマ・カトリックであるこれらの子供達に注がれていた。

時が熟した時、これらの子供達は他の者達と一緒に、教皇のためにエルサレムを勝ち取るため、ペテンに掛けられた。長い間彼らは必要とされていると感じていた。

司祭は彼らの手に十字架を握らせ、詩編8章2節を引用して、これらの小さな子供達を彼らに従うようにと鼓舞した。南イタリアまで行進する時には、子供達の軍隊は何千人にも膨れ上がっていた。

多くの子供達は照付ける暑さと食糧と水の不足から、長い旅行の間に死んだ。

彼らが船に乗せられる前に、多くの子供達は凌辱された。彼らはホームシックとなり哀れな状態であった。

船の男:「進め!」
女の子:「すごく具合が悪いんです!」

これらの可哀想な小さな子供達は、もうすぐ彼らの人生でひどい衝撃を受けることとなる。彼らが犯すことになる致命的な過ちは…教皇を信頼していたということであった。

私達(イエズス会の学校の生徒)は秘密の取引が交わされていたことを教えられた。この子供達が船に乗り、安全に国外に着いた時、身の毛のよだつ事実を知らされることになるだけだということだった。彼らはイスラム教徒に奴隷として売られたのだ。

何故か?

これらの子供達は洗礼を受けていた。教皇は、彼らが成長した時、彼らのイスラム教の支配者に対して反逆を起こし、将来の十字軍に加わり、教皇のためにエルサレムを奪還するかもしれない、という賭けをしたのだ。

奴隷船の男:「この方がお前らの新しい親方だ。この方のどんな小さな要求にも従え、そうすれば生きられるぞ!」

この犯罪は神の目に留まっていた。神の御言葉ではローマ・カトリックの組織のことを、この世の憎むべきものの母(黙示録17章5節)と呼んでいる。サタンがこの組織を導き操作しているのだ。

何故ヴァチカンはエルサレムに移りたがっているのか?聖ペテロ広場と聖ペテロの王座をローマに残して?結局ペテロはローマの外で十字架の上に逆さづりに磔になったのではなかったか?彼の骨はヴァチカンの中にあるのではないか?

不運なことに、近年当惑させられるようなことが持ち上がった。使徒ペテロの墓が、エルサレムにあるフランシスコ会派の修道院の、Dominus Flevitと呼ばれる敷地で見つかったのだ。

ヴァチカンの失望たるやいかに!それを秘密にしておくのは難しかった!!

次にもう一つのローマの手ごわい敵について話そう…ギリシャとロシアの正教会である。

問題はA.D.330年ごろに始まった。だがはっきりとした像をつかむために、キリストの磔にまで戻ろう。

エスが死んで葬られ、蘇られ、天の国に戻られた時、彼の本当の教会(キリストや聖書を本当に愛し、彼の愛の教えに従い、その信仰を広げていった人々のこと)は酷い迫害に苦しんだ。

迫害にも関わらず、神の手は真実の信者の上に置かれていた。彼らの人数は増えていった。カエサルはその動きを止めようとしたが、できなかった。それでサタンは、彼らをコントロールするために、恐怖と伝統を通しての偽のキリスト教会をこしらえた。キリスト教信仰の偽のシステムをもって、本当のクリスチャン達を破壊することになる。

ここにいかにサタンがその信仰を抜き取るかが見れる。ローマ帝国は解体し、皇帝達は彼らのローブを変え、宗教的な衣装を纏った。しかし、彼らのサタン的な宗教システムは何も変わらなかった!

彼らは単に彼らの古い神々と偶像に新しい名前を付けただけだった。ジュピターは使徒ペテロとなり、ヴィーナスは処女マリアとなった。

この酷い迫害のため、真実のイエス・キリストの教会はA.D.70年まで地下に潜って活動した。A.D.313年にコンスタンティヌス皇帝が容認の宣言を発布した。いくらかのクリスチャン達が表面化した。

コンスタンティヌス:「そなた達は皆クリスチャンである!」

コンスタンティヌスが自分自身を最初の教皇だと定めたが、クリスチャン達はこれが反キリスト(偽のキリスト)だということを知っていた。彼はサタン的なバール崇拝とキリストの教えを混合し、ローマ人とクリスチャン達を一つにまとめようとした。

この雑多な混ぜものから出てきたのは、神なきローマ・カトリックのシステムだった。

本当のクリスチャン達はサタンが宗教的な奇形を生み出し、それをクリスチャンと呼ばせたということを分かっていた。彼らはそれが偽りでありサタン的なもので、全く非聖書的であると知っていた。彼らの家族を救うため、彼らは丘に逃げていった。

クリスチャンの子供:「父さん、コンスタンティヌスはクリスチャンなの?」
父親:「もちろん違う!彼は今でも太陽神ソルを拝んでいるのだ。」

イエス・キリストの本当の教会は1000年もの間地下に潜ることとなった。

(つづく)

原文はこちらで見れます↓
http://www.fmh-child.org/Godfathers.html