前回の記事を書いたあとで、この時自分は、神様の働きを進めたいのか阻止したいのか、
一体どういうつもりだったんだ、と思い巡らせていました。
教会では霊の働きについて、細部まで教えてくれないけれど、
人間が霊の器だとしたら、霊が入ったり出たりしてもおかしくないですよね。
いい霊も悪い霊も、風のように行き来するのかもしれません。
今現在、隣の住人が正真正銘の憑依された人なので、余計そういうことについて考えます。
イエス様が7つの悪霊に憑りつかれている人の霊を追い出したら、
元の場所が空っぽの状態だったとしたら、さらに悪い霊を引き連れて戻ってくるという話がありますよね。
悪いものを追い出したら、神様の正しい霊(聖霊)がそこを占めるようにしないと、
他のものが侵入してくるということだと思います。
クリスチャンも神様の霊で常に満たされていないと、悪霊の影響を受けるということが
デイビーさんという人の預言に示されています。
キリスト教会の中にいても、「この人本当にクリスチャンか?!」と思ってしまう人が、
必ず何人かいます。
本人には悪いのですが、その人は自分が教会に来ているので、
クリスチャンだと信じ切っているみたいです。
(これは自分が本当のクリスチャンだと仮定していることになりますが…
実のところ神様に聞いてみないと分からない)
そういう人と接していても、親しい感じがまるでしません。Kさんのような人であれば、頼まれなくても近づきたい感じがするのに。
むしろ「蛇のように噛みつくもの」とあります。
この人一体?!と感じる人と接するとき、自分の内側で度々「噛みつかれる」風に感じていたので、
これを読んでなるほど!と合点がいきました。
そういう人の内側には、むしろ神様の霊と反するもの=悪霊が入っているのかと。
神様を意識的に信じていない、未信者の人に接していた方がずっといいみたいな感じなんです。
とても熱心な信者さんで、教会生活が長く、皆の面倒もよくみるし、祈りも素晴らしく聞こえる人がいました。
でも何となく向こうはこちらを嫌っているし、私もその人を避けたい気持ちがある。
噂では、その人は異言で祈ることができて、部屋にはイエス様の聖画や御言葉が
お札のようにベタベタと貼ってあるとのことでした。
これを聞いた時、なんか嫌だなと感じました。
その人は同じ仲間と異言で祈るグループを作っていて、
その仲間がことごとく自分の苦手なタイプの人達でした。
皆エネルギッシュで信仰熱心に見えるんだけど、どこか棘があるみたいな。
この棘というのが悪霊=蛇で、異言が悪霊が言わせているのだとしたら、恐ろしいことです。
それで冒頭の「神様の働きを進めたいのか阻止したいのか」ということに戻るんですけど、
その人達だけでなく、やはり自分も悪い霊の作用を受けるんだなと改めて思いました。
教会についての批判記事をざーっと読んでいたんですが、読んでいるうちに、
「そうだ!そうだ!教会は悪い!悪い!」
みたいな気分に一緒になってしまっていて、気がつけば
夜中にわざわざ教会を批判する記事を書いていた、という行動に出ていました。
そうしたら昨日の礼拝で、先生が「教会について」をお説教して下さいました。
和歌山の教会に行き始めた時、小さな集まりで最初に先生から聞いたお話が、
やはり教会の働きについてでした。
今回またそれを確認させられることになったので、
ああ、これは自分に向けて言われていることなんだ、と感じました。
自分は人からすごく影響を受けやすいみたいで、誰かと向き合って話していたりすると、
すぐその人と同じ気分になってしまいます。
怒っている人と一緒にいると、こちらも怒りがむくむくと湧いてきて、
笑っている人と一緒にいると、その人の笑いが自分にも乗り移ってくるのが分かります。
そういう傾向のある人を憑依体質というそうです。
霊の憑依と聞くと、悪霊が体を乗っ取ることをイメージしやすいと思いますが、
神様を信じる人は、いつも聖霊に憑依された状態を保つ必要があるのだな、と思わされました。
なのでインターネットの世界でも、教会の悪口を言って楽しんでいるような所には
悪い影響を受けるので、近づかない方がいいと思った次第です。
それにしても仕事が決まらない。
のん気にこんなこと書いてていいのか。