天国への一歩

神・霊・魂、霊の見分けの話題。キリスト教信仰が出発点です。

教会とサタンの働き2

結局そこの教会には、別の街へ引っ越しすることもあり、2年程しか行けませんでした。
先生は情熱的な方で、信者のことを一生懸命考えて下さっていたと思います。

聖霊派やその教会の全てが変だということではなく、今も深く自分に染み込んでいるよい教えも、
それらの教会にいたからこそ学ぶことができたと思います。

引っ越した先の街で、がちゃがちゃした礼拝に疲れていたので、落ち着いた雰囲気の礼拝を
している教会はないかなと思い、日本最大の教団の教会に行くようになりました。

初めは何とも思いませんでしたが、だんだんと先生のお説教が何かをぼやかしている、
結論をあいまいな形で終わらせている、ということに気づき出しました。
お説教に何か力がない、生きた信仰を感じられない、と思いました。

もやもやとしたものを抱えながらいたときに、先生がカジュアルな青年会の席で、
「天国も地獄もない、この世が天国と地獄だ。死んで後、全ては無になる。」
と仰ったのを聞いて仰天してしまいました。周りにいた青年会の人達は皆うなづいていました。

クリスチャンがイエス様の言葉を信じないで、一体何を信じれるのでしょう。
間違ったことを教えておられる牧師先生は、死後神様の御前でどう弁明するのかと本気で
心配になってしまいました。

有名な私立大学の哲学科(宗教学科)出身のその先生は、お父様が牧師だったそうで、
子供の頃持っていた素朴な信仰を、大学の教育で失ってしまったとお説教の中で自ら告白していました。大学で教えられたことを、自分が子供の頃に持っていた信仰心より優先してしまったのです。

哲学のむなしさを聖書で教えてくれているのに、聖書を哲学的に解釈してしまうという間違いを
その先生は犯していました。そして盛んに聖書は人間が書いたもので、間違いが沢山あると言われました。(これについては後で書こうと思います)

その大学で教えられている神学とは一体何なんだと思いました。
そしてその教会で起こった伝道師と信者のスキャンダラスな噂を聞いたり、指導的立場にある人達の
信仰の姿勢に疑問を感じ、その教会を去る決心をしました。

つづく