天国への一歩

神・霊・魂、霊の見分けの話題。キリスト教信仰が出発点です。

ハルマゲドンとは?(1)

「世の終わり」の次は「ハルマゲドン」です。「ハルマゲドンの戦い」という用語がとても有名ですが、自分を含めて多くの福音派のクリスチャンが、「メギドの谷で起こる人類最終戦争」のように教えられているかもしれません。

なぜ今これを取り上げるのかと言うと、現在キリスト教界隈で、ロシア・ウクライナ戦争が発展して、やがてハルマゲドンの戦いになるのではということが言われているからです。これについて別の角度から整理してみようと思い、取り上げてみることにしました。

少し前に、ババ・ヴァンガという盲目のキリスト教系の予言する老女の話を取り上げましたが、彼女の言う、終わることのないとされる「ウラジミールの栄光」について母と話していました。

母:「これってプーチンのことではなく、レーニンのことを言っているんじゃないの?」

自分:「ああ、レーニンの名前もウラジミールだからね。」

母:「それってレーニンが敷いた共産主義体制が、この先もずっと残るということじゃないの?神様は資本主義やグローバル主義に対する対抗勢力として、この大きな共産主義の国を滅ぼさないで、最後まで残しておくんじゃないのかなあ。」

ちなみにレーニンの祖父はユダヤ人だったそうです。ソ連の建国者レーニンの姉はどんな人物だったか:アンナ・ウリヤノワの生涯と活動 - ロシア・ビヨンド (rbth.com)

今後プーチンがすげ替わっても、ウラジミール体制=共産主義は続いていくということなのでしょうか。黙示録のハルマゲドンの戦いでは、それまで大躍進してきたゴグの国(ロシア)は、神様に天変地異などで大敗北させられて、イスラエルの地から引き下げられるということになっていますが。。。

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ハルマゲドンの戦い

ステファン・ヤロー 

(聖書参照 ヨハネの黙示録16章)

ハルマゲドンという言葉が聖書の中に一度しか出てこないことを考えると、この言葉がいかによく知られているか、そして同時に、いかに理解されていないかが分かります。これは、この言葉が文脈から完全に切り離され、人類の歴史上のあらゆる主要な戦いに適用されてきたためです。

聖書に書かれていることを説明するためには、まず、この場所と聖書の記述に関する多くの誤った情報を取り除く必要があります。一般的に信じられているのは、北イスラエルのエズレエル谷(ギリシャ語ではエスドラロン平原、ヘブライ語ではメギドの谷とも呼ばれる)で、ロシア、アラブ、イスラエルなどが関与する軍事衝突が間近に迫っているというものです。このシナリオを推進する人々は、メギドの谷をハルマゲドンの場所と信じているが、その名前が似ていることと、軍事的な戦いの場所として適切であることが、この結論に至らせたようです。

1800年にこの地を訪れたナポレオンは、世界の軍隊のための素晴らしい戦場となることを認めています。1874年には、キッチナー卿(「あなたの国はあなたを必要としている!」と書かれたポスターの写真を飾った人物)がパレスチナ探検基金に、「ここはハルマゲドンの最後の大きな戦いが行われる世界最大の戦場である」と報告しました。1918年、イギリスのアレンビー将軍がオスマントルコ軍を最終的に破り、当時パレスチナとして知られていた地域を解放することになった場所です。

しかし、言語学や宗教学のいわゆる「専門家」たちは、ハルマゲドンの場所について意見が一致しないようです。ある人は、ハルマゲドンはもともと "Har-Megiddo "と綴られていたので、前項で述べた、メギドの谷の奥にある丘を意味すると言っています。しかし聖書には、このような丘で戦いがあったという記述はありません。つまり、これはハルマゲドンなのでしょうか、それともこの名前が登場する黙示録の他の部分と同じように、実際に存在するものなのでしょうか。

黙示録16:12が参考になります。

「第六の天使がその小瓶を大河ユーフラテスに注いだので、その水は干上がり、東の王の道が整えられた。13. そして、竜の口、獣の口、偽預言者の口から、蛙のような三つの汚れた霊が出てくるのを見た。14. 彼らは悪魔の霊で、奇跡を起こし、地の王と全世界の王に向かって出て行き、全能の神の大いなる日の戦いに彼らを集めようとする。15. 見よ、わたしは盗人として来る。また、そのような人たちが、自分の恥を見ることがないように、自分の衣を守る人は幸いである。16. そして、ヘブライ語でハルマゲドンと呼ばれる場所に、彼らを集めた。」

エスドラロン平野は、丘陵地帯に通じる重要な峠を見下ろすことができます。歴史的にこの峠は、エジプトからバビロンやメギドの北や東の重要な地域に向かう、軍隊や商人が通る道であり、非常に重要な場所でした。考古学者によると、メギドを所有していた勢力は、歴史上20を下らないとのことです。

イスラエルはそこで重要な戦闘をいくつも行いました。ギデオンとその小さな軍隊は、そこでミディアン人を倒しました(士師記7章参照)。サウル王はペリシテ人に敗れました(サムエル記上31章)。ヨシヤ王は、ファラオ=ネコとの戦いで死にましたが、彼はさらに北へ戦いに行く途中であり、ヨシヤに干渉しないように警告しました(第二歴代誌35:22-25)。アハブ王とその妻イゼベルは、その地域のイズレエルの町に住んでいましたが、彼女もそこで死にました(2列王9:30-37)。

旧約聖書の中で、谷や平野が言及される時はいつも、進む前に決断する瞬間と関連しているのが普通です。「決断の谷」は、預言者ヨエルがエホシャファトの谷に与えた聖書の名前です。そこはエホバがシオンの敵を苦しめた場所です。詩篇23編には、死の陰の谷という表現があります。

メギドについて興味深いのは、その谷のすぐ上にカルメル山と呼ばれる山があり、そこでイスラエルの子供たちが、彼らの運命を決める決断をするよう求められたことです。預言者エリヤがバアルの預言者たちと争ったのもこの場所です(列王記上17、18章)。それは一種の戦いでしたが、人々は誰かに対して戦争を仕掛けたわけではありませんでした。

弓や矢や槍を使った物理的な戦いではなく、異教徒の神バアルを崇拝するようになったイスラエル市民の心をめぐる、霊的な戦いであったのです。聖書の記述では、神はエリヤに、彼らがバアルではなく、神を崇拝すべきことを証しさせようとしました。バアルの預言者や祭司が偽物であることが明らかになった後、エリヤは彼らを殺したと言われています。想像力を膨らませてエリヤの行動を戦闘シーンと重ねなければ、戦いはなかったのです。

彼らは戦うためにカルメル山に集められたのではなく、誰が真の神なのかを問われるために集められたのです。一つ注意してほしいのは、偽の神に忠実な者だけが死にましたが、それは人々が自分たちの心の中で、誰が真の神かを決定した後に起こったことです。このカルメル山での戦いの核心は、イスラエル国民の心をめぐる戦いだったのです。

(つづく)

The Battle of Armageddon (pocketoz.com.au) より