この無敵かと思われるおばちゃんの上に君臨する
手ごわい相手というのは、この事業所を起こした人です。
この都市の女性票を一手に引き受けているような、
裏のドンとでも言えるすごい人が、何故かうちの職場のトップなのでした。
ドンと言っても、身近に接すると非常に気さくなさっぱりとした人で、
決して偉ぶらないのですが、おばちゃんにとっては
この人物が何よりも天敵なのです。
まさに目の上のたんこぶ。
おばちゃんの暴走を抑えているのは、この人の存在あってこそで、
決してこの人物の頭を飛び越えて、何かをすることはありませんでした。
自分としては、そこに神様の絶妙な采配を見た思いがしました。
しかし長く付き合っていると、おばちゃんの意外な面が色々と見えてきました。
激しさの塊のようなおばちゃんには、自分と交わる所は何もないと思っていたのですが、
ある時、職場のカフェでこんなことがありました。
バッハのゴールドベルク組曲が流れおり、おばちゃんは私に、
「これ○○さん(私)がかけたの?私バッハのこれが好きなんだよね~。いいよね~これ。」
と言ってきました。おばちゃんがバッハ???
バッハ好きという、おばちゃんと自分の意外な共通点でした。
おばちゃんは神様を感じる素質があるのかもしれない、とこの時思いました。
ある日おばちゃんと会話していて、なぜか話が移民問題のことになって、
「そんなにたくさん外国人が日本に入って来たら国が乱れる」
と私が言うのに対し、おばちゃん曰く、
「困っている人は助けなくちゃね。」
世界の平和のためだ、としみじみと理解ある口調で答えました。
へ?おばちゃんそんな風に思っているの?
誰よりも排他的なおばちゃんが?
まるで「四方の国~」と歌った明治天皇みたいだと思いました。
うちの施設の利用者さん(体がしんどくて休みがちな若い女性)が、
「家でゆっくりしたり、お母さんの手伝いとかしていたい。」
と言っていたのに対して、
「そうだよねえ。家の奥でゆっくりと横になったり、家のことしてたいよねえ。」
と、しみじみと同情的な口調で感想を述べていました。
「おばちゃんも実はしんどいんだ。働く女性の辛さがどんなものか、ちゃんと分かっているのだ。」
と感心しました。
おばちゃんには子どもがいないのですが、誰よりも自分の飼い犬を大切にしているようでした。
ある時おばちゃんが撮った犬の写真を見せてもらいました。
そこにはまるで人のような佇まいの、賢い瞳を持った犬の姿がありました。
「この犬はおばちゃんに深い信頼を寄せている。」
すぐにピンと来ました。
また写真の撮り方から、おばちゃんの飼い犬に対する愛情が伝わってきました。
聞けば幼犬の頃から育てたみたいで、それはそれは大切にしてきたようです。
おばちゃんは利用者さんに対して、いつも容赦ない指導をするので、
自分の犬もさぞかし怯えた顔をしているかと思いきや、むしろその逆でした。
おばちゃんは深い愛をこの犬に注いできたんだ、と思いました。
動物をボコボコにぶん殴りそうなおばちゃんなのに、
予想とは反対の行動に感心しました。
(つづく)