前回の記事から3週間も経ってしまいました。
9月から新しい仕事体系になって、ようやくそれにも慣れてきました。
職場に出勤するのが嫌で嫌で、腹の奥底では
「家庭の主婦が何でこんな働いているんだ。」
と性懲りもなく思いながら、毎日首を斬られる思いで、
バスに乗って会社に行っていました。
しまいに会社の最寄りのバス停に、自分の生首が何個も転がっている
シーンを想像しては、自虐ネタに一人で面白がっていたりしていました。
そんな中、
「イエス様はこの気持ちきっと分からないですよね。
1回しか十字架にかかっていないのだから。」
「しかもいい人だらけの天国にいらっしゃいますよね。
イエス様は33年間だけでしたけど、私は40年も地上で暮らしていますよ。」
と嫌味な祈りをしたりして、神様に嘆きを訴えておりました。
それにしても感謝の祈りほんの少し、あとは嘆きの祈りとは・・・
「感謝の祈りの効果は絶大です」
と幼い頃から聞かされていて、頭では分かっているものの
なかなか実行できず・・・何のための信仰なのか。
神様がこの祈りともつかぬ代物を聞いて、「しつこいなあ」と思って
下さったのかどうか分かりませんが、この9月からなんと自分だけが
昼から出勤するという特別勤務となりました。
会社で新しいプロジェクトが立ち上がり、その責任者が自分だったので、
会社側が出勤時間を考慮してくれたのです。
このことによって、今まで感じていたストレスが一気に半減しました。
すると、朝バスの中で13階段を上らされてギロチンにかけられる思い
だったのが、すーっと消えてなくなりました。
すると今まで真剣に捧げていた祈り(?)の「真剣」の部分までもが
消えてなくなってしまいました!
私はどうも苦しまないと真剣になれないので、神様に祈りを聞いて頂く
神通力も一緒になって消えた、と思いました。
はじめタイトルに「偽教師」とつけて全然違う記事を書いている・・・
(つづく)