「聖イッサ伝」
第10章
1.聖イッサは町々を巡り、絶望の重みに耐えかねていたイスラエルの民の勇気を、神のことばによって強めた。数千人の群衆が、イッサに従って説教を聞いた。
2.町々の指導者らは、イッサを恐れはじめた。そしてエルサレム駐在の統治者に通報した。イッサと呼ばれる男が町に来たこと、説教しながら、権威に抗(さから)うよう民をそそのかしていること、群衆は国の仕事もかえりみず、熱心に彼に聞き従っていること、そして侵入して来た統治者が、間もなく追い払われるだろうと彼は断言している、と。
3.エルサレムの統治者ピラトは、説教者イッサの身柄を抑え、町に連れて来て裁きにかけよ、と命令した。しかし民衆の怒りを買わぬよう、祭司や学識あるヘブライの長老たちに、イッサを神の宮の中で裁くようにと勧告した。
4.一方イッサは、説教を続けながらエルサレムに入った。住民すべてが、彼の到着を聞き知っていて、彼を見るために集まった。
5.彼らはうやうやしくイッサを迎え、イスラエルの他の町々で彼が説いた教えを、直接彼から聞くために、宮の門を開けた。
6.そこでイッサは彼らに言った。「人類はその信仰の欠如のゆえに滅びます。なぜなら闇と嵐とが人間の群れを追い散らし、人間はその羊飼いを失いました。
7.「だが、嵐は永遠に続くことはありません。闇はいつまでも、光を隠してはいません。空は再び晴れるでしょう。天の光は地に広がるでしょう。そして迷っていた群れは、羊飼いのもとに集まって来るでしょう。
8.「闇の中で、まっすぐな道を探そうとあせってはならない。穴に落ちるといけないから。しかし残った力をふり絞り、他人を助け、あなたがたの神を信じなさい。そして光が現れるまで待ちなさい。
9.「隣人を支えることは、自分自身を支えること、家族を守ることは、民と国とを守ることです。
10.「夜明けは確かにそこまで来ています。そのときあなたがたは、闇から救い出されます。一つの家族のように集まりなさい。神の恵みを信じないあなたがたの敵は、やがて恐れおののくようになるでしょう」
11.祭司や長老らは、イッサの説教を聞いて感嘆した。そして聞いた。おまえは本国の権威に抗うよう民をそそのかしたと、統治者ピラトには報告されているが、本当か、と。
12.イッサは答えた。「出入り口も道も、薄暗がりに隠されています。その中で迷っている人々をそそのかせ、反乱に徒らせるようなことが、一人の人間にできるでしょうか。私はいまこの宮でしているように、不幸な民に、これ以上闇の道を進むな、足下に地獄が口を開いているからと警告しただけです。
13.「世俗の力は長くは続きません。次から次へとうつろいます。一つの力から他の力へ、絶えず繰り返されるこの世の力のうつろいを見ながら、そういうものに抗って何の益があるでしょう。そうした力の興亡は、人の世の終わりまで、飽きることなく繰り返されます。
14.「それよりも、力のあるもの、富めるものが、天の永遠の力に抗って、イスラエルの子たちの間に蒔いている、神への反乱の種子を、あなたがたはどうするおつもりですか」
15.そこで長老らは聞いた。「おまえは一体何ものか。どこの国からおまえは来たのか。私たちはこれまで、おまえのことを聞いたこともない。おまえの名さえ知らないのに」
16.「私はイスラエル人です」と、イッサは答えた。「私は生まれたときから、エルサレムの壁を見て育ちました。そして私の兄弟たちが、奴隷の仕事を負わされて泣くのを見、私の姉妹たちが、異教徒に連れさられるときの嘆きの声も聞きました。
17.「そして私の魂は、真の神を忘れてしまった兄弟たちを見たとき、激しい悲しみに襲われました。私は子どものとき、父の家を捨てて出て行き、他国の民の間に住みました。
18.「しかし兄弟たちが、いよいよつのる苦しみに悩んでいると聞いたとき、私は故国へ帰りました。故国には両親が住んでいて、兄弟たちに祖先の信仰を思い出させようとしています。私たちの祖先の信仰は、完全で崇高な天上の幸せを得るために、地上では耐え忍べと教えています」
19.そこで学識ある長老たちは、イッサに質問した。「私たちはおまえが、モッサの律法を否定し、神の宮を捨てよと民に教えている、といううわさを聞いた」
20.イッサは答えた。「天の父から頂いたものを、だれも壊すことはできません。またすでに、罪人たちによって壊されたものを、もう一度壊すこともできません。しかし私は民に命じました。すべての汚れから心を清めなさい。なぜなら心こそ、神の真の宮だから、と。
21.「モッサの律法について言うなら、私はそれを、人々の心の中に建てようと努めたのです。そして私はあなたがたに告げます。あなたがたは律法の真の意味を理解していません。律法が教えているは、復讐ではなく慈悲です。律法のほんとうの意味がねじ曲げられているのです」
「イエスの失われた十七年」(エリザベス・クレア・プロフェット著/下野博訳)より
(続く)